事業を通じてインドで何を実現するか

MISAOをはじめてインドで5期目。自分としても今季で30歳を迎えるにあたって重要な意思決定を2つ行った。まだ正式な手続きは踏まえてないので具体的な内容は伏せるが、4月からMISAO以外に複数社の経営をすることになった。

今回の意思決定をする上でひたすら考えたことは事業を通じてこの国で何を成し遂げたいか。いわゆる会社の理念、個人の志の部分である。僕は起業家とは明示的に志を掲げて良い職業だと捉えているし、志を中心に生きても許される職業だと思っている。これらは常に空気のように当たり前に存在し、自分、自社のアイデンティティを形成していくはずである。また意思決定の基準にもなりえる。

インドで4年過ごし、海外での生活が始まった20代後半。新しい世界をいつも教えてくれたのは間違いなくインドであったし、感謝は絶えない。そんな中で自分の理念を再定義した。

“教育を通じてインドと日本の関係性を良くする”

今まではこの理念を本当の意味で信じ、インド人、日本人向けの教育事業を行ってきた。マクロで見れば政府との関係も良くなり、日系企業、日本人労働者も増え、逆にインド人が日本へ行く機会も増えている。その一因を担えてきたんじゃないかと自負している。

“インドと日本の可能性を信じ、お互いの未来を作る”

次の理念はにはこれまで以上に強い信頼関係も構築すること。既存のリソースを活かし、未来を作っていくこと。この2点を盛り込んだ。事業も増えていくし、変わっていく。その中でこの理念を信じ続けることができるかどうか、達成することができるかどうかが30代前半の大きな目標となるだろう。

斎藤さんはこれからどうするんですか?
いつ日本に帰ってくるんですか?

このような質問はいつもされるが、これからの私の答えは5年はインドに住みます。その後は分かりません。で統一されていくだろう。事業を通じて志を実現していく面白さがここにはあると信じている。

ということで3月からグルガオンからバンガロールに移住します。
一緒についてきてくれる嫁欲しい。

ここから先は次に書く記事のアイディア、自分へのリマインド用と見てくれた人が書いてほしいのがあったらリプライ飛ばせるよう。
・バンガロールで若手エンジニアにあったお話
・20代他燃インド女子を自然タイプに変える方法
・4年間アジアの色々楽しかったことランキング10個
・インドで働く日本人の将来性を分析した記事
・よく使うインドのサービス。この前Note書いたやつだ。
・インドの英雄チャンドラボーズについて


2013年からインドで留学、語学、IT関連のサービス/コンサルティングをやってます。インドで大好きなサッカーとビジネスしかしてないので、30歳を手前に人生いっきいきしています。